ゆったり文庫の本棚に並んでいる本たちは、どれも私が共に育つ小さい人たちと暮らすなか出逢いました。あの日あの時、あの森では、あんな花が咲いていて、あんな香りがして、あんな遊びをして、あんな歌を口ずさんで♪あんなことで笑い合った・・・◎これらの本を手に取ればそんな大切な記憶のひとかけらひとかけらが色鮮やかによみがえってくるようです。
 愛おしい日常の様々な場面で、今、この時、まさにぴったり!だった本たち。 このページでは、二十四節気の節目に合わせて、心に浮かぶあの本この本を心の赴くままにご紹介します◎ 自然の流れに寄り添い、毎日を心豊かに穏やかに、そして楽しく暮らしたいあなたの、新たな一冊との出逢いのお役に立てたらうれしいです◎
 息を大きくすってはいて。ゆったりおったり。今日も素敵な毎日を◎
ゆったり文庫

芒種

 
 いよいよ梅仕事の始まりです。我が家はさっそく青梅を梅ジュース用に仕込みました。かき氷にかけると美味しいよね〜。なんていいながら。
 
なにかと忙しいこの頃ですが。しばしの休憩中、ああ。もうあと一月もしたら、暑い暑い夏がやってくるんだな〜。なんて、思いながら、湿気を帯びてきた空を眺めながら、ぼんやりすごすひとときが大好きです。私はこの季節のことを、「溜め」の季節と呼んでいます。やはり、なにごとも溜めがないと。ね。
 
 庭仕事をしていたら、蛇に出逢いました。やっぱり、怖いのだけれど、あんなに身体をよじらせて前に進む姿はがんばっていて、なんだか健気で可愛らしくも見えます。
 
 蛇の鱗文様は、三角形の連なる文様。蛇は脱皮を繰り返しながら成長していくことから、一般的には、厄除けや魔除けの意味合いで着物の模様や行事のお菓子の形などに使われてきました。
 
 この文様は古墳の壁面にも施されていたりして、日本では歴史の古い文様なのですが、実は日本だけでなく、世界中の遺跡から発掘される土器などに多くみられるそうです。鋸歯文(きょしもん)」とも呼ばれるこの 文様は特に死者を悪霊から守り、近親者を守護する願いを込めて埋葬品などに使われてきた、ともいわれています。やっぱり、共通する意味合いもあったりして。面白いね。
 
というわけで、へびにちなんだこの絵本をご紹介します。
 

へびのクリクター

トミー・ウンゲラー (著)
 
 
トミー・ウンゲラーさんの絵本、結構好きです◎
 
 

秋分そして寒露

 
 朝晩空気が冷たいと感じるようになりました。昼間は爽やかな秋風とキラキラのお日様の光。そこには、やはり、柿が一際幸せ感を誘います。
 
柿はかきと読み、日本人のお得意の当て字で「嘉来」(よろこびきたる)と思いを込めました。たくさんの秋のみのりのよろこび。春から夏を過ぎまた一つ成長した私たち自身もみのりです。
 
今年の秋はこの本を読んで、自分の味覚で、この柿は渋柿、この柿は甘柿と確かめてみよう。渋柿は皮を向いて干し柿にしよう。と目を輝かせる子どもたちです。
 

 

処暑そして白露

 
 嵐が災害が一つまた一つとやってきて、私たちの心身を大きく揺さぶらせています。その揺さぶりがあまりに大きいので、あれほどまでに暑かったこの夏の熱風も、呆気ないほど、もうどんなだったか思い出せないほどあっさりと、秋の涼風に入れ変わっているようです。そして、そんな自然の動きに流されるように、私たちの心も身体も一気に下へ下へ。深く深く。二つの足は地にどっしりと落ち着かせて、この夏の全てを心の棚に順々に納める作業を進めています。
 
 そんな時、耳にはバッハがよいようです。ちょうど今、長男がヴァイオリン で弾いているのが、バッハの「2つのヴァイオリン のための協奏曲ニ短調」。本当にうつくしい曲です。心をどっしりと落ち着かせ、そして力強く希望の方向へと向かわせてくれるようです。
 
 この夏も、子どもたちの目覚ましい成長はさることながら、大人も素敵なあゆみをまた一歩深めることができました。まだ、秋は始まったばかり。青いどんぐりに青いみかん。まだまだ実りというには青い青い。でも、すでに見えだしているこの実りが秋が深まるにつれてどう熟れてくるか、楽しみです。
 
 そんなバッハの調べに合わせて、一人詩を音読します。ここ最近、本当に偶然ですが、思わず涙が溢れ出てきて止まらない。そんな素晴らしい詩や映画に立て続けに出逢ったので、その一つをご紹介します。
 
 「世界はうつくしいと」 長田 弘
うつくしいものの話をしよう。
いつからだろう。ふときがつくと、
うつくしいということばを、ためらわず
口にすることを、誰もしなくなった。
そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。
うつくしいものをうつくしいと言おう。
風の匂いはうつくしいと。渓谷の
石を伝わってゆく流れはうつくしいと。
午後の風に落ちている雲の影はうつくしいと。
遠くの低い山並みの静けさはうつくしいと。
きらめく川辺の光はうつくしいと。
おおきな樹のある街の通りはうつくしいと。
行き交いの、なにげない挨拶はうつくしいと。
花々があって、奥行きのある路地はうつくしいと。
雨の日の、家々の屋根の色はうつくしいと。
太い枝を空いっぱいにひろげる
晩秋の古寺の、大銀杏はうつくしいと。
冬がくるまえの、曇りの日の、
南天の、小さな朱い実はうつくしいと。
コムラサキの、実のむらさきはうつくしいと。
過ぎてゆく季節はうつくしいと。
さらりと老いてゆく人の姿はうつくしいと。
一体、ニュースと呼ばれる日々の破片が、
わたしたちの歴史と言うようなものだろうか。
あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。
うつくしいものをうつくしいと言おう。
幼い猫とあそぶ一刻はうつくしいと。
シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。
何ひとつ永遠なんてなく、いつか
すべて塵にかえるのだから、世界はうつくしいと。
 

 

大暑そして立秋

 
 まるで夢の中で起きては遊び、遊び疲れては眠り、また起きるを繰り返しているかのように夏がどんどん過ぎゆきます。時は流れ、季節は移り変わる。
 
 この夏は、とびきり暑く感じたけれど、夕方の風がほんの少し涼しく感じられるようになった今日この頃。我が家では、宇宙に思いを馳せる時間が長くなり、日常の中に、何十億年単位の時間軸がたびたび現れるようになっています。数に限りがないことや、宇宙に果てがないことに思いを馳せて「限りがないっていうのは、わからないってことだな。」とは、幼稚園の年長の次男のつぶやき。
 
 そんな果てしない宇宙の中で、いのちが繋がることに思いを馳せれば、もはや、その先の未来に生きるいのちの形がヒトの形をしていようがいまいがそれは大したことではないようにさえ感じられる。どういう形であれ、いのちはつながっていって、未来を生きる命の中には、今生きている私たちのよいところだけが取捨選択されて蓄積されていくのだろうね。きっと。。。そこで選び取られるポイントは強さではなくて、変化に適応できる器用さなんだな。きっと。。。そんなことを、子どもたちとぼんやり考えている。。。
 
 ふわんふわんと宙を漂っていたら、ついには果てしない宇宙の遠くの遠くのほうまで、到達したもよう。でも、先は果てしない。。。
 
 
 でも、こうしてそれを言葉にしているということは、もうすでに帰還の途につき始めているということですね。ちょっと寂しいけれど。
 
 ああ。夏が終わる。。。鈴虫の声が夜空に共鳴しています。。。
 

 

 

小暑  Begining of midsummer

 
夏はまほうの季節だと、子どもたちを見ると特に思います。
夏のはじまりと終わりでは、心も身体も人が変わったくらい成長している。
そんな、まほうの季節がいよいよはじまるかと思うと、
 
本当に、夏休みが待ち遠しい!
 
子どもたちと一緒にまほうにかかることのできる、
これからはじまるひと月余りの一瞬一瞬を、
ただただ心を透明にして味わいたい。。。
 
佐藤初女さんの著書「限りなく透明に凛として生きる」の中に、
こんな言葉があります。
『「いのちのうつしかえ」のとき人も透明になるのです。』
 
そうか、まほうにかかる透明になるこの間、
私たちの中ではいのちのうつしかえが起こっているのか。。。
 
ふわんと浮かび上がって宙に漂うような気分は相変わらず。
着地点はまだ見えなくていいんだ。
 
この透明なひと時を、存分に楽しみたい。
わくわく、期待に胸膨む、そんな季節。
 

 

 

夏至  Summer Solstice

 
ふわんと浮かび上がった気分です。
春から夏へと向かう上へ上へと進む勢いに背中を押されるようにして。浮力を感じながら。
今、両手に大きな羽を持っていたら飛べる気がする。
 
いろいろとあれこれ進めてきたことを一旦全部放り上げて、
それらがどこに着地するのか。
ひらりひらりと色とりどりに舞い降りる様をただただ澄んだ目で眺めていたい。
 
透き通ったカラフル。今の気分です。
 


 

芒種  It's time to plant grains


まっていました。この季節。
種まきのとき。はじまりのとき。
季節の巡りの中で様々なはじまりの節目はありますが、このはじまりは本当の意味で動き出す。はじめの一歩だなと感じます。はじまる気配。でなくて、本当に動き出す。
 
押しすぎもせず、引きすぎもせず。多すぎもせず少なすぎもせず。早すぎも遅すぎもなく。
よいバランス、いい加減。全ての条件がピタリと合わさって。
調和した中、ふわっと一段ステージが上がる。そんな感じ◎
 
その一歩をやさしく祝福してくれるように、梅雨入りの声。
やわらかな雨が降り出しました。この時期の雨は、梅の美味しい香りがする。。。
梅雨は私の大好きな季節です◎この湿気が。。。心地いい◎
 
先日、神奈川県立近代美術館で開かれている展覧会「ブルーノ・ムナーリ こどもの心をもちつづけるということ」(〜6月10日(日))に家族で行きました。
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2018/munari/index.html#detail
 
とっても楽しい展覧会で、子どもたちも目を輝かせて、家に帰ったら畑に行ったら、こんな材料を見つけて、あんなの作ってみたい!こんなのやってみたい!とわくわく!うずうず!
 
帰ってきて、家で早速モビールいろいろ作りました。わくわくの赴くままに◎重心を感じて◎
 
やってみたい!と思ったときに、他のやらなくてはいけないことを、いかにうまく片付けて、それをできる時間をとること。そのさじ加減も、調和◎バランス◎いい加減◎
 
何の無理もなく、その調和が訪れたとき。
 
私たちはわくわくの心と共に、ふわっと次の一歩へ進めるのだと思います◎
 


 

小満  Greens are sprouting and flourishing

 
今年の緑は、やわらかくて、時に力強く、かぐわしいみどりが香り立つよう。。。
お日様と雨のバランスがいいのかな。
そのせいかどうか。今年はことのほか、みどりに。葉っぱに。目を奪われています。

そんなこんなで、蓬の葉を摘んでよもぎ餅づくり。お茶の葉を摘んで新茶づくり。

こどもたちと一緒に楽しみました◎

 

「お茶ができるまで」

モーリス・ドリュオン 作 ジャクリーヌ・デュエーム 絵

 

「よもぎだんご」

さとうわきこ 作
 
 
とってもおもしろいので、これらのご本など参考にされつつ、
あまり難しいこと考えずに、まずは、やってみることをお勧めしますよ。
本当にお茶になるから!本当に草餅になるから!

 
そして子どもたちが寝静まった後は、ランタンの灯りの下、この本を読みました。

 
「みどりのゆび」

モーリス・ドリュオン 作 ジャクリーヌ・デュエーム 絵

 

立夏  Summer's Start

 
力強い太陽の光に照らされて、緑緑緑◎
その緑が日に日に深まっていく。
 
そんな緑緑緑の茂みに、ときおりはっとするような赤い宝石を見つけると。
わぁ!と思わず歓喜の声がででしまう。
 
あ!いちご!!ああ!のいちご!!木いちご!!!
というが早いかその場で一口◎
 
ええ!これはヘビイチゴ!!?
かわいいからお庭に種まきしちゃおうか。
 
そんなのも、また、たのし◎
夏の初めの宝探し◎
 
そして、宝探しの後に、こんな本いかがですか?

 
「きいちごだより」

岸田 衿子 作  古矢一穂 絵

 
「木いちごの王さま」

サカリアス・トペリウス 作  山脇 百合子 絵  岸田 衿子 訳

 

穀雨  Grain Shower

 
風に乗って、重力に任せて、虫に運ばれて、鳥に運ばれて、人に運ばれて、種は撒かれ。撒かれ。
恵みの雨は優しく柔らかく降り注ぎ。降り注ぎ。
雲が晴れれば、きらきらのお日様が、その一つ一つにまっすぐに。降り注ぎ。降り注ぎ。
その恵みに応えるように、新芽たちはぴょこっぴょこっと芽吹き。。。
暗い土の中からでたばかりで、まだぼんやりとした目にはまぶしいくらいの明るく澄んだお空を眺めている。。。
彼らの目にも見えているかな。お母さんつばめは子どもたちを育むために颯爽と飛び。時に笑ったり。チーチーと餌をねだる子どもたちを前には「じゅ〜ん〜ば〜ん〜」の声が聞こえてきそう。。。
 
 
そこにほんの少しでも土があったなら、小さいひとたちと種まきしてみませんか。
はじめは、ものめずらしさにやりた〜いといってやってきて、種まきだけして、またどこかへ遊びにいっちゃうかもしれないけれど。
見てないようで。結構みている。
 
そのうち大人の方が夢中になっちゃって、うっかり作業に没頭したりしていると。
ふいに後ろの方で小さい人の声がする。
ぶつぶつ。ふつふつ。小さな植物たちや小さな虫たちとの対話のはじまり。
その小さな対話から、小さい人たちは大切なことを自分の血と肉にしてゆくのですね。
 

「ぼくの庭ができたよ」

ゲルダ・ミューラー著  ささきたづこ訳

「ソフィのやさいばたけ」

ゲルダ・ミューラー著  ふしみみさを訳

「ぼくたちのかしの木」

ゲルダ・ミューラー著  佐々木田鶴子訳 
 

「はちうえはぼくにまかせて」

ジーン・ジオン著  マーガレット・ブロイ・グレアム絵  もりひさし訳 

「リディアのガーデニング」

サラ・スチュワート著 デイビッド・スモール絵 福本友美子訳 

「ルピナスさんー小さなおばあさんのお話」

バーバラ・クーニー著 掛川恭子訳 

 

清明  Pure and Clear

 
澄み渡った清明の空気のようにきらきらした光に包まれて、
力一杯、新芽が吹く。あっちでもこっちでも。
前へ前へ。上へ上へ。ぐんぐん。ぐんぐん。
 
そんな自然の中に漲る希望の息吹きに後押しされるように、
新しい未来へ。新しい自分へ。新たな挑戦をしているあなたにこの一冊を贈りたい。
新たな一歩を必死に歩もうとするまだ頼りない我が子の背中を、ハラハラしながら見守るお父さんお母さんにも。
 

「手から、手へ」
詩 池井昌樹 写真 植田正治 企画と構成 山本純司


 
不安と隣り合わせの一歩も。
振り返れば、いつもそこに。
「あなたなら大丈夫。大丈夫。信じてる。」
そういってくれる。まっすぐなやさしい目があるから。
また前へ進める。
 
時には、そういいたくても、それでも、つらい。
このやさしさが重い。苦しい。手放さなくちゃやってられない。
そういう時もあるよね。
 
そんな大変な状況の中を頑張っているあなたにも贈りたい。
 
それでも、やさしさを諦めない勇気を。
だらだらと涙を流しながらも、はるか遠くから送られてくるやさしき光の方を見て。
 
 

「わすれられないおくりもの
スーザン・バーレイ 著 小川仁央 訳

春分  Vernal Equinox

太陽と地球。そして私。せいのっと息を合わせて、また新しい一歩を踏み出す。
そんな時、忘れないでいたいこと。
それは、今ここで起こることは、みんな何かと繋がっているということ。
何かに影響を与え、与えられ、その作用にはいくつかの誰が定めたとも知れぬ理りがあるということ。
そんなことを思う時、私はこの本に立ち返る。
そして、目の前の自然をただただ見つめる。
 

「フィボナッチ 自然の中にかくれた数を見つけた人」
ジョセフ・ダグニーズ 文  ジョン・オブライエン 絵  渋谷弘子 訳

 

「センス・オブ・ワンダー」
レイチェル・L.カーソン 著


 
(このセレクトの裏話は3月21日の日記「ゆったりおったりな日常」に書きました◎) 

2018.3.21 自然の理りに小さき人は素手で触れる◎

photo by risa kazama
   嵐と共に咲き出したハクモクレンも今や満開。つくしもにょきにょき生えて。たんぽぽの黄色が爽やかに明るい◎どういうわけだか、下の子はたんぽぽが咲いているのを見ると、一山を越えてもそのお花のそばまで行きたがる。それは、もう歩き始めた1歳くらいからかわらないね◎

 
 ついに春分を迎えました◎それぞれのタイミングでそれぞれの花がそれぞれの場所で芽生え、そして花を咲かせる。太陽と地球。そして私。せいのっと息を合わせて、また新しい一歩を踏み出す。

 
 そんな節目なので私も、小さい人たちと共に育ち共に読み合ったあたたかい記憶がいっぱい詰まった本の並ぶ本棚から、二十四節気の節目に立ち返りたい本をセレクトして、「ゆったり文庫の本棚」として、ご紹介することにしました。
 
 思い立ったが吉日ということで、今日早速春分に読みたい一冊。として選んだのは、 
「フィボナッチ 自然の中にかくれた数を見つけた人」
ジョセフ・ダグニーズ 文  ジョン・オブライエン 絵  渋谷弘子 訳
さ・え・ら書房 


 誰しも衝動的に、どんな障害があろうとも、そうせずにはいられない。そんなこと。そのタイミングがあるのですよね。とくに小さい人は、その衝動に突き動かされて、大人には苦行のようなことも嬉々として、いとも容易くやりきって。あっという間に大きくなっていく。。。

photo by risa kazama
 実はこの本、子どもがはまるタイミングはピンポイント、どの子にでも受けるというわけではありません。でも、その子のその時!にはすごくはまる。ただただ数を数える。ただひたすらに。目に見えるものを、かたっぱしから。もくもくと数える。そういう時さりげなく、本棚に置いておいてあげたい。そんな本。
 
 この本は、大人が読むとまた違った驚きと感動のある本です。忘れかけていたこの世界のありとあらゆるいのちの不思議や神秘といったもの。そんなものの存在に気づかされぞくっとする。そうした目であたりを見回すと、まさに目の前の小さい人のなかに、大いなる自然の神秘を見せつけられ、ぞくぞくっとする。
 
 レイチェル・カーソンが、著書「センス・オブ・ワンダー」で子どもたちの世界にあるといった、「澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力」そして「センス・オブ・ワンダー = 神秘さや不思議さに目をみはる感性」が。小さい人の中には羨ましいほどあふれている◎
「センス・オブ・ワンダー」
レイチェル・L.カーソン 著
新潮社
 羨望の眼差しで子どもの冒険に着いていくと、小さい人は自然の理りに素手で触れ感じて、この世界まるごとをずんずん手中に納めていることに気がつきます。

photo by risa kazama
 今ここで起こることは、みんな何かと繋がっているということ。みんな何かに影響を与え、与えられ、その作用にはいくつかの誰が定めたとも知れぬ理りがあるということ。
 
 そんなことに気づかされたら、もうどうしたって、目の前の小さな人の中に広がる大いなる自然から目が離せない。そんな風になってしまうのです。

photo by risa kazama
旧暦 如月5日

 Instagram (@risa_kazama_yuttariottari)